美紀は戸惑った気持ちのまま、
指定されたホテルの一室で男を待っていた。
1年前からメールだけのやり取りで過ごしていた相手と、ついに対面することになったのだ。
顔はおろか、年齢、職業もお互いに分からない。
美紀自身も、既婚者である事は告げていない。
結婚して3年、まだまだ外見も内面も若い美紀を、美紀の夫は気に入っていた。
度が過ぎた愛妻家の夫は、
美紀を家庭に閉じ込め、
育児すらさせたくないらしく、
避妊を徹底していた。
男と逢う理由は単に言ってしまえば、
欲求不満だからである。
しかし、美紀からすれば、何かの間違いで妊娠しても構わないという覚悟でいた。
(このまま夫に従っていたら、いつまでも子供が……)
その時、ドアをノックする音がした。
「!……は、はい」
美紀は、余所行きの黒いワンピースをひらひら揺らしながら、ドアに向かった。
開けるとそこには、若い男性が立っていた。
「美紀…さん?」
「はい、そうです」
「思っていたよりずっとお若いです」
美紀の方も、思っていたより相手は若かった。
お世辞でも美紀の頬は紅く染まった。
「入ってください」
静かにドアを閉めると、美紀はもう一度相手の男性をまじまじと見た。
「功一郎(コウイチロウ)さん…?」
「はい、名前からしてもっとおじさんだと思いましたよね?」
「…え、ええ」
「19です」
「やだ…一回り違う」
「本当に?全然見えません。大学生くらいに見えるな…」
話している間に功一郎の手が、美紀の背後にまわり、ドアの鍵をかけた。
「大学生だなんて…化粧のせいです」
「そうなんですか?」
功一郎は美紀の顔を見つめた。
美紀はたまらず目を逸らし、
ベッドに座った。
「リラックスしましょう?お互い、メールの時みたいに」
「そうですよね、ごめんなさい。あんまり若い方だったから…急に緊張してしまって…」
美紀は功一郎が淹れてくれた冷たい珈琲を、両手に包んで、膝の上においた。
カップの中を眺めると、不安そうな顔をした自分が映っていた。
「珈琲。お嫌いですか?」
「あ、いいえ。そんなこと…」
「美紀さん…リラックスしてください」
功一郎は、美紀の手からカップを取り上げ、テーブルに置いた。