入りますよ、と声をかけ、靴を脱ぎあがる。
普通なら絶対しない行為。見つかれば警察沙汰。
それこそ二人が望むところだ。
海斗は無意識に、簓を自分引き寄せ、自分の背後に位置づけた。
二人の息づかいしか聞こえない…明かりは玄関を抜けた向こう側でおそらくリビングか?
海斗はそっと、扉を引いた
「…どういうことだ」
誰もいない。
だがリビングのテーブルには瓶ビールと酒の肴らしき刺身を入れた小鉢。
つきっぱなしのテレビが、明滅している。
人の気配溢れる部屋。
金気臭い味が口中に広がる…恐怖の味。
もう言い訳もなにもできない。
海斗は怖かった。
簓を振り返り、虚ろな目が時計を見つめている…10時10分。
わかっていた。
そう
止まっているんだ。
俺たちの時間が。
それとも…。
ぶるっと背中を震わせ、簓の氷のように冷たい手を握った。
「行こう」
「どこへ?」
返事を期待していなかったから、海斗はしばし簓を見据えた。
「…俺のアパート」
反論も了解もない。
二人は無言でこの薄気味の悪い光景を後にした。