「やあ、来たね、吉川君」
明らかに俺はどうかしている。
こんな防音の密室に2人きりでいるとは。
「大丈夫、今日は部活もないらしいし…職員室じゃ話せないこともここならね」
グランドピアノに体を預け品定めするように俺を見る
なぜだろう、ただの言葉もコイツが言うと含みがあるように聞こえ…淫靡な匂いさえする。
庄野はピアノの蓋を開け、軽やかにドビュッシーの月の光を弾き始めた。
「ピアノを聴きたくてきたんじゃないけど」
その素晴らしい指捌きに魅せられながら、かろうじて呟いた。
庄野は俺に微笑んだ。
初めてみせた無邪気な笑顔だ。
そんな顔をするとまるで害のない人間に見える。
「もう少し傍においで」
柔らかな旋律にのるような甘い声。
俺は、どうしようもなく心臓が高鳴っていた。
離れた方がいい。
コイツは危険だ。
それなのに足は踏み出し、気づけば庄野の真横に俺はいて…
ふいにピアノは鳴り止み、庄野は冷たい指で俺の手を取った。
「この前はすまなかった」
…どうしたら
手を手に添える、それだけの動作を
これだけ甘美に感じさせられるんだろう?