「あれ……」
恭太はちらっと雪美に目を向けると、
彼女の額から、汗が珠のように滲んでいるのが分かった。
「もしかして……先生も暑い?」
「…………。私語は慎みなさい」
雪美は恭太をじっと見つめたまま、
表情は崩さなかった。
むしろ、固定されたまま崩せない様にも見える。
それほどまでに、不自然な仏頂面に、恭太はついつい口を開きたくなった。
「先生って……学生時代、滅茶苦茶モテたでしょ?」
「守岩恭太…。補習要項をさらに…」
「ああ〜〜ごめんなさいごめんなさい!!今、やります!やりますから!」
息を吐く声と同時に、雪美は恭太から視線を外し、黒板を見やった。
つい考えるのは、今しがた彼に問われた学生時代の自分。
――水下雪美、数学はいつも通り満点だな。
水下さんて、本当に綺麗で、羨ましい。
水下って、彼氏とかいるの?
水下さん、あの超難関大学受けるんでしょ?
きっともう、将来設計とか自分で完璧出来ちゃってんだろうな〜。
水下さんて、あの大学に結婚決めた彼氏さんがいるんでしょ?
だから必死であんなに勉強してんのか。
私たち一般人には分からない世界だよね。
きっと俺らなんか馬鹿に見えてんだろ。
相手にもされねーよな、俺らなんかよ。
水下……心の中で馬鹿にしやがって……。
水下さん………羨ましい………。
水下さん………………
雪美は…俺には勿体ないよ……きっと―――
「…!!先生!先生!おい!!できましたって!!」
「!!!」
雪美はいつの間にか眠ってしまっていた。
もう外は夕暮れ、空は赤く染まっていた。
「…ごめんなさい。補習、お疲れ様でした」
「先生……寝言…言ってたんだけど…」
かあっと雪美の顔が紅くなる。
しかし恭太は茶化すつもりではなかった。