「そうでしたか、ごめんなさい……。見苦しいものを見せてしまいましたね」
少女のように顔を伏せる雪美を、恭太は真剣な顔で見つめていた。
「私を……私を見てって…。なんのこと?」
「分かりかねます。夢でもみていたのかと。記憶にありません」
「じゃあ、先生さ…」
「今日の補習は以上です…早く帰っ…」
恭太は雪美の腕を掴み、立ち去ろうとする彼女を引き留めた。
「なんで今、泣いてんの?」
顔を上げた雪美は、幼女のように、ぼろぼろと涙を溢していた。
彼女自身、学生時代の夢で何度もうなされ、その度に涙をこらえてきていた。
だから、生徒の前でこんな不覚をとることを、雪美は良しとはしなかった。
――それでも、
学生時代も、今の学校にも、
こんな風に真剣な顔で、自分を引き留めてくれる人間はいなかった。――
恭太は辛そうに雪美を見つめていた。
「先生…俺は、先生のこと、思ったより明るくて楽しい先生だと思った」
「そうですか……」
雪美は涙を拭いて、ゆっくり恭太の手をはらった。
「私は採点があるので、これで失礼します……」
自宅に戻った雪美は、玄関先で膝から崩れ落ちた。
初めてだった。
誰かの前で泣いて、誰かからあんな優しい言葉をかけてもらったのは。
掴まれた腕に、まだ感触が残る。
雪美は胸に手を当て、自らの体温の異常な熱さを感じた。
「守岩…恭太……」
生まれて初めて感じた、
何か言い知れぬ感情。
雪美は自分がおかしくなったのだと考えた。
恭太の補習プリントが、彼女の胸に抱かれてしわくちゃになっていた。