大池をのぞむ外周の草むらは、虫の鳴き声でやかましい。
季節がら仕方ないが、時おり顔にバッタが当たってきさえした。
それでもジョギングは心地よい。
久しぶりの走り出しのおっくうさも、全身の血液がめぐるにつれ、爽快な気分に転じてくる。
時おり散歩中の老夫婦とすれちがう他は、誰もいない、灯りさえまばらな中をひたすらペースを保ち走った。
ふと、遠巻きに自転車のライトが揺れているのが見えてきた。
ようよう近づくにつれて、瞬間、自分の名前を呼ばれた事に気づいた時は、心底ぎょっとした。
「広山くん!」
ケイコだった。
驚いたような大きな目をこちらを向けながら、彼女は自転車をゆっくりと降りた。
「…夜、走ってるんだ。健康にいいね」
その瞳に不思議な光をたたえながら、ケイコは僕を見据えた。
「あ、ああ。まぁな。よかったら、ちょっと歩こうか」
自分でもよくわからない程、胸が高鳴っていた。