夕方学校から帰宅する途中、風音は妙な音を聞いた。いつもの道を歩いていたはずなのに、風音はいつの間にか、どうやって来たのか自分でも分からないところにいた。全てが或るようでいて、何もない空間。淡いクリーム色の、それでいて緑の草原のような場所。風が流れているような、流れていないような…。
「おいで」
風音ははっとして振り返った。背の高い黒い服を着た若い男が立っていた。全然知らない人だ―と思ったものの、どこかで見たような気もする。例えばその額の、引っ掻き傷―。
「…誰…ですか?」
恐る恐る尋ねる風音を、男が抱き締めた。
「シク…じゃないよね?」
低い声で男が答えた。
「分かってるなら何で聞くんだ…?」
風音は男を突き放した。
「じゃあ、シクってどういう意味?」
「…俺が黒猫だからだろ」
あっけにとられる風音に腕を回しながらシクが言った。
「俺がここへ風音を呼んだのはお前が発情してたからだ。これを逃したら俺にはもう他にチャンスがないと思ったんだ」
風音は頭が混乱すると同時に顔が赤くなるのを感じた。