こんなところに、お店なんて無いはずだし…。
10分ほど薄暗い道を歩いて、
二人は古いアパートの一室に入って行った。
あたしは、足音を忍ばせて、二人が入ったドアに近づいた。
まだ、玄関先にいるらしく、微かに話し声が聞こえる。
あたしは、耳をそばだてた。
(もっと、自由に逢いたいわ。)
(そう、無理を言うな。千絵が、帰って来てるんだから、…。アイツ、ファザコンみたいで、なかなか…)
(もうっ!せっかく家出したのに、わざわざ京都まで迎えに行くからよ)
(だって、仕方ないだろ?病院から迎えに来いって連絡来たんだから…)
あたし、ドアに向かって、体当たりしてた。
鍵は簡単に壊れて、
あたしは玄関に転がり込み、
女の人にぶつかった。
「きゃあああっ!」
女の人はその場に倒れて、大袈裟な声を上げた。
その横でパパは固まってる。
あたしは、パパを押しのけ、玄関脇の台所に上がった。
流し台の上にあったフルーツナイフを握り締め、
玄関に取って返す。
「千絵!やめろっ!」
あたしを抱き止めようとするパパを、
ナイフを持った手で振り払う。
「うぎゃっ!」
パパが腕を押さえて蹲った。
あたしは女の人に、馬乗りになった。
「きゃっ!ち、千絵ちゃん。やめてぇ!」
叫んだ瞬間、
あたしは彼女の豊かな胸に、ナイフを突き立てていた。
「うぎゃあああっ!」
彼女が、絶叫した。
「許さない!絶対、許さないから!」
あたしは痴呆のように繰り返しながら、
胸に突き刺さったナイフを引き抜こうとする。
だけど、根本まで乳房に埋まったナイフは、簡単には抜けない。
「やめろ!千絵」
パパが、あたしに切られて血まみれになった腕で、
後ろから羽交い締めにする。
「離してぇ!あたし、許さない!許さないんだから!」
パパは、腕の力を緩めない。
「千絵っ!やめろ!
また殺す気か!」
耳元でパパが叫んだ。
また、殺す気か………。
そう言われて、
あたしの全身から力が抜けた。