「鈴のこと、知りたい」
先輩にそう言われて、僕は戸惑った。
「話すことがない…僕は平凡だから」
先輩の長い指がそっと触れて僕の頭を自分の肩へ引き寄せる。
「平凡な奴なんていないよ。お前には、お前の物語があるだろ」
それはね、先輩と出逢ってから生まれたんだ。
「僕は…先輩と出逢うまで、人と関わるのが怖かった。
一人でいいって本気で思ってた。
先輩が、僕を見ていたなんて知らなかったから…びっくりした」
クスッと笑って、先輩を見つめたら思いの外、真剣に見つめ返された。
痛いよ。
そんな目で見ないで。
僕は先輩から目を逸らして、話はじめた。
でないと変なこと言っちゃいそうだから。
「僕の両親は生きてるけど喧嘩ばっかりで…あんな風になるなら、なぜ一緒になったの?っていつも思ってた。
一人だったら、傷つかないし、喧嘩もない。
…関わり方がわからなかった。
そのままでもいいって、言ってくれる人なんていないってわかってたし」
素直に言葉が紡がれて、ポロポロ落ちてくる。
先輩といるとそうなんだ
古い皮が剥がれて、辛かった何かが「過去」に変わっていく。
誰かに話すと自分のなかで澱んだものが流されていく…。
先輩もそうならいい。
僕のいる価値は、それだけで充分だもの。
「鈴」
「なに?」
「そのままでいいよ」
…。
「そうゆうこと、言っちゃうとこが…卑怯」
先輩は笑った。
それから、もう一度言った。
「鈴はそのままがいい」
…馬鹿…。
先輩は残酷だよ。
優しいから残酷。
僕は笑った。
だって泣いたらこの関係…あやふやなバランスが壊れそうで。